動かない永遠

わたしが働いている学校は湿っぽい。曇天の日は廊下がビタビタになっている。モップをかけても雑巾で拭いても変わらない。晴れていても渡り廊下はやたらと翳りがあり、変なところに虫が死んでいて、使っていない空き教室の机はごちゃついていて、そして職員…

永遠の隙に

隙間に隠れるようにして暮らし、少しは寝付けるようになった。朝は相変わらずアラームを呪うけど、それでも前よりはずっといい気がする。社会人二年目のおわりに差し掛かってようやく人間らしくなってきた。先輩方とおどけて話したりもする。 自分らしく生き…

やさしい歌

神聖かまってちゃんが好きです。神聖かまってちゃんが好きと言うと世間からは「メンヘラ」と言われるのですが、の子が作る歌詞はとにかく優しいんです。人が魂を込めて作った歌が自分には響かない、いうことを、ただ「メンヘラがメンヘラのために作った曲だ…

汚泥も愛してた

朝早く車に乗って仕事に向かっていた。視界の隅がまぶしくて顔を向けると、窓についた朝露が凍って、ひどく美しかった。枕草子の「九月ばかり」を思い出した。その次の日は濃く霧が巻いていた。早朝で太陽は低く、建物にすぐに隠れてしまった。川の横を通り…

どこにも旅立てない

他人がどうなっていたってなんともない、そんな強靭な不道徳さが少しでもあればもう少し楽だったのかもしれない。中途半端な正義を抱いて育ったために私は不正を許さない。だから自分も許せない。私は自分のことを愚かで不正な申し訳のない存在だと絶えず感…

銃声のない国で

調子が良くない時のわたしはほんとうにくだらない。「分からない」ということに対する恐怖が365日四六時中付き纏っている。入院していたときのわたしはいつも守られていて、そして何もできなかった。不必要に豪勢な個室の病室で隠されるように布団でぼーっと…

同じ夜

みじめで情けなくて不甲斐なくて、自分の感情は化け物みたいで手に負えなくて持て余して打ちひしがれている。なにもうまくできない。どうしようもないときは他人に対して兎角無関心になってしまうか不必要に攻撃的な気持ちになる。もっと私のこと分かってほ…

この痛みを含めて

言葉や文字の並びが好きで、同時にそれを好きなまま生き続けるのはとても辛いことでもあり、ほんとうは名前なんてなかったはずの気持ちに、いちばん近い(と思われる)言葉を当てはめて形容する作業は決して終わりが見えない。なにも納得できない。どうにも…

3:33

これで正解だったんだろうかと最近ずっと考えている。四角い木のテーブルに夕飯を並べながらもずっと考えている。良かったんだと思う日もあれば、やっぱり間違っちゃったかもと思う日もあり、それは私の中で一種の占いみたいになっている。良かったと思えれ…

優しくなれない

なんか元気になったつもりでいたけど所詮一時的なその場しのぎの寛解でしかなくて基本的にはずっと苦しくて日常はそれを誤魔化すことの繰り返しでふとした時に自分の繊細さを思い出してはどん底までまた戻って憂鬱になったり泣いたり私の人生ってこれからも…

僕の少年よさようなら

やさしい気持ちで生活してみても人間として本当にやさしくなれるわけではない。やさしくしようとして人に接してみても結局はやさしくしようとしてしているというだけで、本当にやさしい人になれるわけではない。それなりに充実した休日を過ごしても自分をゴ…

そこにひとつの海が

昨年の9月に23歳になってから、やたらと海を見に行った。別に面白くもなんともない。いつ見ても変わり映えもしない。なのに何度でもどこへでも見に行ってしまった。 私は内陸の地に生まれ育ったので海に対する爆裂な憧れがあった。海はともだちでも母でも…

犬としての習性

好きすぎると隠したくなる。好きなものの好きなところを自分だけのものにしたくなる。音楽、映画、小説、全部そう。人に対しても同じ。大人になるにつれてその傾向が強くなっている気がする。私は好きなものや好きな人の前では首輪をつけられた従順な犬のよ…

3年生の皆さんへ

もうすぐ卒業してしまう皆さんのことを毎日考えています。皆さんと去年の4月に初めて出会ってから先生の教員としての人生は始まりました。皆さんは先生が生涯教える高校生の中で最も年齢が近いひとたちです。ひとつの時間をまっすぐに進むことしかできない我…

座礁

朝は6時に目を覚ます。始業は8:30。うちから学校までは車でおよそ15分ほどで、家を出るまでに必要な準備は30分で済ますことができるのにどうしてこんなに早起きなのかというと、ベッドの中で毎日ジリジリと葛藤するからだ。1日のことを思い浮かべる。入眠す…

脱獄

目を開けた瞬間から太陽に責められているような気がしていた。それが西日ならもう気分は最悪だった。私にはとにかく体力がない。身体的な体力でなく、精神的な体力が終わっている。私は皺が伸びて伸びて伸び切った脳みそで、枕元に置いた時計の針が午後16時…

道徳1

子どもの頃からずっとひねくれている気がする。三者懇談とか家庭訪問といった類いのイベントでは先生から「道徳のときの発言がとても良くて…」言われることが多かったけど、わたしは道徳というものにも所謂正解があると思っていて、道徳の時間はいちばんそれ…

ずぶ濡れの思い出

最近毎日ものすごく孤独を感じる。そしてとにかく眠い。電車移動が嫌い。今日は服を買うのを我慢した。似合ってるのかよく分からなかったしこれでいいか。最近は忙しくてあんまり自分の時間がない。でも別に誰といても何をしててもこのぼんやりとした不安が…

気が付けば

19歳で死ななかったのなんでだろうね。19歳で死ななかった私への罰が一生体に突き刺さって今もまだ抜けない。可愛くもなければ特別不気味にもなれない中途半端な私に、そんな私に、どうやったらちゃんと人を大事にできるのでしょうね。私には決定的に余裕が…

嫌な記憶に魚の名前をつけよう

私は嫌な記憶は鮮明に覚えているし折々で思い出すけど、楽しかったことや嬉しかったことはもやがかかったようになってしまう。「もしかして気のせいだったのでは?」とすら思う。きっと夢だったんだ。夢だったことにしてしまう。だから初対面から一、二度ほ…

超一方的完全勝利

先週の散々な激務を終わらせてくたびれきった体でベッドに沈んでいる。そのせいで変なことを書きたい。 夜の私は昨日の夜の私よりも綺麗になろうとしていて、明日の私は今日の夜の私よりももっと可愛くなれる、はずで、その予定はきっと侵されることはない。…

19歳-22歳

19歳のあなたは好きな大学に入ってなんでもしてやるぞと息巻いていた。何者にでもなれると思っていたのでしょう。でもあなたはすぐにどれだけ手を伸ばしても届かない次元にある存在に気が付く。あなたは常に自分を何かの模倣品のように感じ、いつも誰かの百…

俺は人間を辞めるぞ

この数年のことを振り返ってみると、散々あった暗いニュースや最悪な事件ばかりを思い出して感情が湿ってしまった。色んなことがあったけど、今でも鮮明に思い出すのは、2020年に起こった大学生によるホームレス殺害事件だった。事件の詳細は知れば知るほど…

部屋いっぱいの陰気

この秋はいろんな考え事をしていて苦しかった。たくさん泣いてしまったので、逃避した先でできたものを数個だけ紹介します。五・七・五・七・七の三十一文字は、単なる感情の吐露を物語にしてくれるようで良いです。 約束は破ってしまえば燃えるゴミ 破れな…

白い野のなか

私が23年間生きてきて一番嬉しかったことは、行きたいと心の底から思った大学に入学できたことでした。両親が私をよく導いてくれたということもあってか、私は自分の強い意志というようなものがあまりない子どもでしたが、そんな私がそれまでの人生の中で唯…

模倣品

地元じゃ誰かの何かになることができない。仲の良い友達は数人いるけど、私は彼女たちへの熱情をいつも後ろ手に隠している。 酒や煙草や香水の匂いで誤魔化さなくても輝いていた私たちの日々、あの時間は、限りなく閉鎖的で、この上なく尊いものだった。語る…

人間を被る

可愛いは正義、可愛いは呪い、わたしはずっと、生まれてからずっと、23歳を迎えた今になってもずっと、可愛いという茨の言葉に縛られて傷付き続けている。自分の精神上の(あるいは外見上の)美醜に馬鹿みたいに鈍感で無自覚で、それでいて爆裂に自己肯定感…

さみしい神さま

わたしは犬が死んだときも猫が死んだときも、神さまは美しい順に奪っていくんだということをとにかく実感して、痛いくらい思い知って、これを痛感と呼ぶのだということを体で理解した。わたしの周りの美しいものはどんどん枯れていく。この部屋で育てた植物…

Felis

猫が死んだ。私の猫が死んでしまった。 体の小ささの割に誰よりも気高い私の猫は、つい先日の昼中に、人に看取られることなく逝ってしまった。きみはそれを選んだのか。最後まで一度だって頑張れとは言えなかった。激痛と苦しみのあいだできみがまどろんでい…

暮らすということ

たぶん誰もが一度は聞いたことがあるだろう井伏鱒二の「さよならだけが人生だ」という言葉は、井伏本人の名前を置いたまま一人歩きしている感じがある。(正確にいうと井伏が漢詩を訳した時にうまれた言葉なんだけど)私はこの言葉に対して「幸福が遠すぎた…