永遠の隙に

隙間に隠れるようにして暮らし、少しは寝付けるようになった。朝は相変わらずアラームを呪うけど、それでも前よりはずっといい気がする。社会人二年目のおわりに差し掛かってようやく人間らしくなってきた。先輩方とおどけて話したりもする。

自分らしく生きるには努力が、そして才能が足りなかった。ずっと物語の世界にだけいられたら私はそれでよかったんだ。これくらいが適切だろうと距離を測ってたどり着いた終着点がここか。どれだけ仕事をしてみてもやはり労働は好きじゃない。わたしはわたしをやさしい人間と思っていたけど、こんな仕事をしてみて初めて、自分のほんとうのところ、というものに気付いた。わたしは別にやさしくない。性格が心底歪んでいるから、相手が言われたくないことも言われたいこともなんとなく分かる。やさしくしたい時にやさしくしているだけで、可哀想なやつがいたらそれに自分を重ねて、自分が多分ほんとうに言われたかった言葉を注いでいるだけなんだろう。「あー自分宛だねこれ」と頭のどこかで冷静になる。あぶくのように言葉を放って「やさしい」と言われる。みっともないなと思う。もらえなかったものを人にあげることばかり上手になったよ。

体の中にずっとあったコンパスがいつのまにか完璧に分解されて、その輝きを定位置のカメラを通してずっと見ているような感じでうまくいかない。向かうべき方向がない。まったく変わってしまった自分に、夜もぐっすり眠れるようになった自分に、あの頃の自分の何がわかるというのだろう。「分かるよ」なんて死んでも言われたくない言葉だったはずだ。居心地の良い孤独をゆりかごにして外部との接続を断って、それでしか得られない安心がある。誰も傷付けなくて済むし誰にも傷付けられない。言われたかった何かがあった。その何かはもうまるで思い出すことはできない。自分が鈍化していく。