模倣品

地元じゃ誰かの何かになることができない。仲の良い友達は数人いるけど、私は彼女たちへの熱情をいつも後ろ手に隠している。

酒や煙草や香水の匂いで誤魔化さなくても輝いていた私たちの日々、あの時間は、限りなく閉鎖的で、この上なく尊いものだった。語るような毎日がないため昔のことを思い出す。高校時代の宝物のような記憶。

彼女と私はそれこそお腹と背中がくっついてしまうほど、例えくっついてしまっても笑い飛ばせるのだと心の底から思えるほどの、それはそれは濃い時間を一緒に過ごしていた。彼女は私のことが大好きだった。私も彼女のことが大好きだった。私はいつどこにいても自分だけが浮き足立っている感覚で、彼女は宙にぶら下がる私をかろうじて重力に従わせる貴重な存在だった。彼女も同じだった。彼女は優しい人だったから。私と彼女はおんなじ種類の孤独や淋しさを抱え、鏡合わせのように生きていた。水面に飛び込んで溺れていた私がようやく着地したのは彼女という小さくてあたたかい濡れた小足の上なのだった。

優しさのために人格を壊してきた人。優しさのために性格を崩してきた人。彼女がこんなにも優しく生きるために失ってきただろうたくさんのことを思うと、私のこれからのすべての優しさを彼女に渡してもバチは当たらないだろう。彼女はその絶望を自分の身の内だけで完結させている。決して表出することのないそれは限りなく沈静しているかのように見える。けれども私は知っている。本当は火山岩の下を流れるマグマのように、時に滾り、時に噴火を堪えてはその震えるような熱を自分の胸に沈めていることを。運命も必然もすべてかなぐり捨てては、彼女が戦っている優しさを私はずっと見てきた。キスだけで孕めたら良かったな。彼女の遺伝子が口移しで貰えたら、私は舌や引力や魔法を使って無理やりにでも奪うのに。抱える孤独を分けてもらえたのに。彼女はただの肉体で、けれどやはり肉体は彼女で、その名前を声に出さずに頭の中で発音すると空想の彼女がちらりとこちらを見るのだった。

私は彼女に何も言わない。口に出した瞬間偽物になってしまう気がするから、きっとこれからも何も言うまい。私の熱情。私の激情。人間として他の何にもなれなくていいから、おまもりとして彼女が忘れ去るポケットの中で息がしたい。