3年生の皆さんへ

もうすぐ卒業してしまう皆さんのことを毎日考えています。皆さんと去年の4月に初めて出会ってから先生の教員としての人生は始まりました。皆さんは先生が生涯教える高校生の中で最も年齢が近いひとたちです。ひとつの時間をまっすぐに進むことしかできない我々が何者かにそれを塗り替えられてしまう瞬間は永遠に来るはずはなく、そういった意味ではすごく特別な、妙に不思議な気持ちが湧いてきます。5歳ばかり年上の女教師は、皆さんにはどう映っていたでしょうか。

高校生活の中でいちばん印象に残ったことはなんですか。体育祭。文化祭。球技大会。関東大会、インターハイ。皆さんの頭の中には色濃く残り、消えない思い出があるでしょう。いちばんお気に入りの写真はなんですか。インスタグラムやLINEのアイコンにはキラキラのあなたがたが映っているのではないでしょうか。先生は高校を卒業してもう5年が経ちました。たまに当時のことを思い返します。あんなに楽しかったイベントのときのこと、実はあんまり思い出しません。必死に撮った写真も、盛れたと思った動画も、大笑いしたはずの話の内容も同様です。じゃあ何なら、と思いますか。私が写真フォルダを見返すときスクロールの手を止めてしまうのは、遡ってまで見たいと思ってしまうのは、思い出にもならないような、一昨日の夜ご飯と同列に扱っていたはずのあの日々です。当たり前は喪失してから輝き出すものなのだと思います。もっと大事にすればよかった、と思う必要はありません。大事にしなかったからこそ今になってことさらに光るんです。それでよかったんです。意味も価値もないものより美しいものはありませんでした。

そんな無価値な思い出をだっこして生きて、いつか究極の二択をどうしても選ばなければならないとき、誤魔化しでもその場しのぎでもいいから、生きる方を選んでほしいと思っています。生きていってほしいです。先生は大学生のとき、毎日死ぬことしか考えていませんでした。それしか考えられませんでした。死ぬことでしか自分は救われないと思っていました。そしてそれは今も変わっていません。自分の内面にあるどうしようもない苦しみから逃れることを突き詰めると、どうしても命を絶つ以外の方法が見つからないのです。それでも生きる方を選んできました。今ここに立ち文字を打っているこの瞬間もその選択の上にあるものです。息をすることを選び続けています。生きる方を選ぶこと。生きることは辛く、厳しく、悲しいことの連続です。「いつか良いことあるよ」で回収しきれないほどの絶望が先生の人生にはべったりとこびりついており、剥がれるわけがないと骨の髄まで分かっていて、それでも教師になりました。自分以外のすべてで世の中は完結している。その確信を塗り替えることができないまま大人になりました。

皆さんも同じように、何かに、形のない何かに、原因も出所も分からない何かに、あるいは自身の内的な闇のような何かに人生を狂わされる日が来るのかもしれません。無垢である必要はありません。大人はあなたがたに無垢であることを望んできたでしょう。純真さを求めてきたでしょう。そしてあなたがたはそれに応えるように、また諦めるように、無邪気さを演出した日もあったことと思います。高校生らしさという実態のないものに縛られることを願われ続け、あなたがたはここで3つ年齢を重ねました。スカートの丈が膝より5センチ高いから高校生らしくない、前髪が目にかかりそうだから高校生らしくない、ということを論理的に説明できる大人はいません。「らしさ」というものに囚われる必要はありません。いわゆる自分らしさも要りません。あなただけの静謐な世界を生きていければそれでいいと思います。それが女性らしくであろうと男性らしくであろうと大人らしく、子どもらしくであろうと、なんだっていいです。

先生が国語の授業で扱ってきた教材はどれも退屈だったでしょう。退屈なものほど価値があると思い込ませるような授業をしてきたと思います。でも本当はそんなはずはありません。本当に面白くて爽快で、読んだ後にパッと世界が開けたような感覚になる、そんな本がこの地球のどこかに必ずあります。あなたがたはやっと選ぶことができるようになったのです。また自分の意志で「選ばない」という選択をすることもできるようになったのです。そもそも人生には意味などなく、人によっては意味らしきものを感じる機会があるだけです。その機会に恵まれる人とそうでない人がいるだけとも言えます。意味や意義ではなく、ほんとうに必要だと思うものを大切にすればいい。先生にとって命綱とも言えるそれは、みなさんが死ぬほど退屈だと思っていたであろう文学そのものなのでした。それに出会えたことは先生の人生の唯一の成功だったと思います。文学は先生を人間にしました。皆さんにもそのくらい好きなものが、愛してしまうものが、愛さずにいられないものができると嬉しいです。それはあなたがたの血となり肉となり、体中を巡って、脳から溢れそうな希死念慮を抑えてくれると思います。

卒業おめでとう。学校のことも先生のこともすっかりさっぱり忘れることができるような人生を送れることを願っています。先生を先生にしてくれてありがとう。ご無事で。これが永遠の別れなら、永遠にご無事で。