墜落

診てもらっていた主治医の先生が別の病院に勤務することになってしまった。しかもその病院では診療を行わず、機械による治療を担当するようで、私の心のうちを明かしたたった一人の大人は消えてしまった。結局何もかもうまくいかない。今度こそ、この調子、と波に乗ったつもりがいつの間にか転覆してしまう。また同じように、初対面の先生に自分のことを話す怖さを繰り返さなければならない。

病院に行くのも勇気や気概が必要で、私にとって“予約”とは大きな大きな山を乗り越えるほど困難なもので、その先生に診てもらうのだってもっとたくさん診てもらえば良かっただなんて、まるで別れてしまった恋人を想うときのような気持ちになっている。もう会えない。もう診てもらうことはできないから。先生は私がこれまで誰にも言えなかった、誰にも理解されなかったこの感情を本当に親身に聞いてくださって、結果的に即効!元気になりました!なんて魔法みたいなことはないけど、主治医がこの人ならばいつかは、なんて本気で思っていた。診療なのでカウンセリングとは全く違うものだけど、先生はそこに境界線をお作りにならなかった。私が堰を切ったように話すから仕方なく聞いているだけだとしても、ひとつもその色を顔に出しはしなかった。私は人類の飼い犬かのように相手の顔色を伺ってばかりだけど、少なくとも先生の顔に嫌悪や怪訝といった類の色は見つからなかった。妙に気を遣われたりもしなかった。頷いて私の話を聞き、問診し、ただ最後に「よくその状態でこれまで頑張ってきました」と言った。これからは少しずつ一緒に治していきましょうと、そう言った。

またひとつ自分の欠片をどこかにやってしまったような感じがする。長い付き合いではなかったのにこの上なく嘆いてしまう。これが喪失。これがさようならするということ。(先生にとっては一患者でしかない)

ずっと俯いてばかりだったから、顔なんか思い出せない。どんか髪型をしていたかも分からない。ただあの優しい声だけが記憶に強く強くこびりついてしまっている。